2020年06月03日

流転の海 宮本輝



 「ご予約の本が入りましたのでお出で下さい」

ってTELが入りました。

コロナで休館中の神奈川図書館に行ってきました。




去年の7月2日に予約した本です。

11ヶ月待ちました。

野の春 流転の海 第九部 宮本輝 です。
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『流転の海』(るてんのうみ)は、宮本輝の小説。宮本のライフワークとなる長編連作であり、1982年より2018年の完結まで、全9部として発表された。このうち第1部が、1990年に森繁久彌の主演で映画化された。
作品は第1部から第9部までで構成。連載開始から終了まで36年に及ぶ自伝的大河小説である。宮本自身の父をモデルとした松坂熊吾の半生が描かれる。(Wikipedia参照)


こんなに待たされるとは思いませんでした。

待ちに待った本なので2日で読み終えました。




流転の海 第一部を読んだのは30年ぐらい前の事です。

今は亡きムカちゃん「おもしろい本を見つけた」

と教えてくれました。

30年かけて、やっと完結しました。




昨年、予約した時に時間がかかりそうなので第一部から第八部まで読み直しました。

なにせ登場人物がハンパないのです。

相関図を整理しておかないと、との思いからです。

流転の海 
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(「海燕」1982年1月号から1984年4月号に連載。単行本は1984年に福武書店から、1992年に新潮社から刊行。文庫化は1990年に新潮社から刊行)
 戦前、自動車部品会社の経営者として飛ぶ鳥を落とす勢いだった松坂熊吾は豪胆と我儘、善意と理不尽、無邪気と先見性を内包した尽きせぬ魅力を湛えた男だった。
 妻房江は実母と死別し、実父には捨てられ、苦労に苦労を重ねた後、結婚したが、子をなしながらも仔細あって別れた。その後、大阪新町の茶屋の仲居となり、美貌と繊細な気遣いが見込まれて、女将の代理として帳場他一切を取り仕切るようになった。その頃、熊吾と出会う。熊吾四十五歳、房江三十二歳であった。
 昭和二十二年、熊吾は五十歳にして、思いもよらぬ子宝を授かった。熊吾は病弱な乳飲み子の伸仁に誓う。
 ──お前が二十歳になるまでは絶対に死なんけんのう。
 松坂商会は、戦災による資産の消失と資金の未回収で、裸一貫からの再起となった。進駐軍の払い下げ物資による中古自動車部品販売業からの再出発である。
 熊吾が信頼を寄せていた番頭井草正之助は回収した巨額の現金を持ち逃げした。この造反は熊吾のかつての使用人であった亜細亜商会社長海老原太一が裏で糸を引いていたのであった。
 去る者が出る一方、来る者もあった。バラックの立ち並ぶ闇市で知り合った京都帝大出の陰のある秀才、辻堂忠が松坂商会に入社し、顔はいかついが善良な運送業者丸尾千代麿の協力を得る。前途が拓けはじめたかに見えたのだが……。


地の星 流転の海 第二部 
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(「新潮」1990年1月号から1992年9月号に連載。単行本は1992年に新潮社から刊行。文庫化は1996年に新潮社から刊行)
 昭和二十六年、松坂熊吾は、会社を畳み、郷里、愛媛県南宇和に移り住んでいた。病弱な伸仁・房江の健康を案じ、自然の緑豊かな故郷で数年の間、暮すことを決意しての田舎住まいであった。伸仁は四歳になり、心身共に健やかに育っていた。不幸に過ぎる生い立ちから、心に萎縮した陰のあった房江も伸びやかな本来の自分を取り戻しつつあった。
 四十年前、熊吾に左足に怪我を負わされ生涯の傷となったことを逆恨みに思っていた増田伊佐男が、突如、熊吾の前に立ち現れた。伊佐男は広島でやくざの組長となっていた。伊佐男の奸計による牛の突き合い勝負を熊吾は未然に防ぎ、両者の因縁はより深まっていく。
 男関係に節操のない熊吾の妹タネは、それぞれ父親の違う明彦と千佐子を私生児として生んでいた。タネの生計を案じ、熊吾はダンスホールを建て、タネに経営を任せた。また、熊吾のかつての親友周栄文の日本人妻であった谷山節子を井草正之助が愛人にしていたことを知り、金沢に赴く。結核で瀕死の井草に金のことは不問に付し、結局、周の忘れ形見、麻衣子の恋路のために奔走することとなる。大阪の丸尾千代麿の愛人に子ができ、そこでも熊吾は計略を授ける。
 伊佐男はタネのダンスホールを標的に悪辣な嫌がらせを繰り返すのだが……。(新潮社HP参照)


血脈の火 流転の海 第三部 
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(「新潮」1993年1月号から1996年2月号に連載。単行本は1996年に新潮社から刊行。文庫化は1999年に新潮社から刊行)
 昭和二十七年、松坂熊吾は中之島の三階建てのビルに、一階は雀荘、二階は中華料理店、三階は消火用ホースの修繕を請け負うテントパッチ工業株式会社を設立し、多角経営に乗り出した。
 曾根崎小学校に入学したばかりの伸仁は堂島川、土佐堀川を遊び場として、ポンポン船の船頭夫婦、沖仲仕、近所の商売人、そしてやくざ者までも知り合いにして、逞しく伸びやかに育っている。
 南宇和から、熊吾の妹タネ、母ヒサ、姪千佐子が上阪し、尼崎に移り住む。タネはやくざまがいの男と同棲し、老母ヒサをないがしろにしはじめた。ヒサの面倒は房江がみるようになったが、一瞬、目を離した隙に、ヒサは突如、姿を消してしまった。離婚した麻衣子、丸尾千代麿の隠し子とその曾祖母、伊佐男の子を産んだヨネ、城崎で女と子供ばかり五人の奇妙な同居生活がはじまる。新しく、きんつばの製造販売業も起こし、一見、熊吾の事業は順調に展開していくかに見えたのだが……。(新潮社HP参照)


天の夜曲 流転の海 第四部 
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(「新潮」1990年4月臨時増刊号から2002年4月号に連載。単行本は2002年に新潮社から刊行。文庫化は2005年に新潮社から刊行)
昭和三十一年、富山で中古車部品販売の開業を目論む高瀬勇次に共同経営を誘われ、熊吾一家は富山に移った。台風で浸水して使い物にならなくなった消火ホース修繕用接着剤の廃棄処分による事業撤退、食中毒の濡れ衣による中華料理店の閉店が重なった。失意の転居であった。
 四年生になった伸仁は、高瀬家の三兄弟を子分に従え、富山弁も操るようになったものの、臨時担任のために心因性の発熱と蕁麻疹に悩まされる。
 房江は雪国の風土になじめず、折からの更年期による気鬱も相俟って、重い喘息の発作に苦しむ。
 鈍重な高瀬に見切りを付けた熊吾は、単身大阪へ戻り、関西中古車業会の設立と共同展示販売会の実現へと奔走する。
 一方、旧知のヌードダンサー森井博美が頭部を大火傷し、事故現場に居合わせた熊吾は治療に尽力する。秘蔵の名刀、関の孫六を海老原太一に土下座して換金するが、その一部は治療費に消える。
 全てを賭けて大勝負に出た熊吾だったが、頼みにしていた久保敏松が、集めた資金を持ち逃げしてしまっていた……。(新潮社HP参照)


花の回廊 流転の海 第五部 
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(「新潮」2004年6月号から2007年4月号に連載。単行本は2007年に新潮社から刊行。文庫化は2010年に新潮社から刊行)
昭和32年、松坂熊吾は大阪で再起を賭け、妻房江とともに電気も通らぬ空きビルに暮らしていた。十歳になった伸仁は尼崎の集合住宅に住む叔母に預けられた。居住者たちは皆貧しく、朝鮮半島からやってきた人々が世帯の半ばを占め、伸仁は否応なく凄絶な人間模様に巻き込まれていく。一方、熊吾は大規模な駐車場運営に乗り出す。戦後という疾風怒濤の時代を描く著者渾身の雄編第五部。(新潮社HP参照)


慈雨の音 流転の海 第六部 
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(「新潮」2009年7月号から2011年6月号に連載。単行本は2011年に新潮社から刊行。)
昭和34年、中学生になったものの、あいかわらず病弱な伸仁の身を案じていた松坂熊吾だが、駐車場の管理人を続けながら、勝負の機会を窺っていた。ヨネの散骨、香根の死、雛鳩の伝染病、北への帰還事業、そして海老原の死。幾つもの別離が一家に押し寄せる。翌夏、伸仁は変声期に入り、熊吾は中古車販売店の開業をついに果たすが──。「生」への厳粛な祈りに満ちた感動の第六部。(新潮社HP参照)


満月の道 流転の海 第七部 
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(「新潮」2012年1月号から2013年12月号に連載。単行本は2014年に新潮社から刊行。)
年が明けて昭和37年、順調に伸びていた「中古車のハゴロモ」の売上が突如低迷しはじめた。伸仁は高校生になり、身長は熊吾を超えた。熊吾は、質の悪い情夫と別れられないでいる森井博美と再会し、不本意ながらその手切金の金策に奔走することになる。仕入担当の黒木は「ハゴロモ」の不自然な入出金の動きを嗅ぎ取った……。運命という奔流は抗いようもなく大きく旋回しはじめる。(新潮社HP参照)


長流の畔 流転の海 第八部 
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(「新潮」2014年6月号から2016年4月号に連載。単行本は2016年に新潮社から刊行。)
昭和三十八年、六十六歳の松坂熊吾は会社の金を横領され金策に走り回っていた。大阪中古車センターをオープンさせるも、別れたはずの女との関係を復活させ、それが妻・房江に知られてしまう。高校生の息子・伸仁は房江の味方となるが、心を痛めた房江はついに……。東京オリンピック後の大阪で、熊吾の運命はいかに──。(新潮社HP参照)



宮本輝の父をモデルにした松坂熊吾の50歳から71歳で死ぬまでの波乱万丈の物語です。

それに巻き込まれる妻や子(宮本輝)や人々。

戦後の日本を背景に描かれています。

熊吾の息子の伸仁がオトンより一学年上です。

伸仁の成長や大人とのかかわり方など、読みながら我が身と比べてしまいます。

多数の登場人物 による壮大な人間ドラマです。



私は辻堂忠という登場人物に興味を持ちました。

最初の流転の海から登場します。

原爆で妻と子供を失い自暴自棄になり、焼け野原をうろつくチンピラとして熊吾と出会います。

京都帝国大卒の彼の才能を認め、熊吾の腹心として事業に辣腕を振るうことになります。

昭和24年、熊吾が松坂商会を売って松坂一家は愛媛に行きます。

「約束じゃ、わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ。頼んだぞ」

「私は、約束をきっと守ります。きっとです」

と辻堂はきっぱりと言い証券マンになります。

この場面が強烈に脳裏に残っています。

この流転の海シリーズの終わりは、熊吾の死後?、辻堂が伸仁を助け一人前の人間に育てる、なんてベタな筋書きを勝手に作っていました。

第八部までは、辻堂の出番はほとんどありません。




野の春 流転の海 第九部 
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(「新潮」2016年10月号から2018年7月号に連載。単行本は2018年に新潮社から刊行。)
執筆37年、シリーズ累計230万部の大作「流転の海」、第九部でついに完結。自らの父をモデルにした松坂熊吾の波瀾の人生を、戦後日本を背景に描く自伝的大河小説「流転の海」。昭和四十二年、熊吾が五十歳で授かった息子・伸仁は二十歳の誕生日を迎える。しかし熊吾の人生の最期には、何が待ち受けていたのか。妻の房江は、伸仁はどう生きていくのか。幸せとは、宿命とは何だろうか――。感動の最終幕へ。
(新潮社HP参照)

辻堂忠は順調に出世して証券会社の社長になっています。

伸仁が東京に行く機会に

「辻堂忠さんは、赤ん坊のときのお前をよう知っているお方じゃ。二十歳の大学生になったお前が訪ねて来たら、喜んでくれるじゃろう」

熊吾は辻堂に会わせるために手紙を持たせます。

お~~~、やっと会うぞッ!!!



ところが・・・・・・

秘書課の人に渡したのだが

「社長は、松坂熊吾という人には覚えがないので、その息子さんのことも知っているはずがないと申しております。なにかの間違いか勘違いであろうから、今後、訪ねて来られてもお逢いしないし、お手紙を頂戴しても読む気はない」

という返事です。

30年待ちに待った再会が・・・・・。

辻堂忠こそ「恩を忘れない、人を裏切らない人」だと思っていたのですが。

「自分の欲や自尊心の為なら、平気で人を切り捨てたり、裏切ったりできる人」だったとは。

・・・・・

・・・・・

・・・・・

「なにがどうなろうと、たいしたことはありゃあせん」

「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」

この二つが全巻を通して熊吾の生きる指標になったのではないでしょうか。




「人間の宿命」「人間の幸福」について考えさせられる大作です。

30年間楽しませていただきました。





posted by ふ~さん at 09:27| Comment(2) | 日記 | 更新情報をチェックする