2017年06月11日

洲崎大神祭

 6月11日

 町がモードになっています。
086.JPG 088.JPG

昨日から子供神輿山車がにぎやかに練り歩いています。
098.JPG

112.JPG

宮前商店街にある洲崎神社大祭の様です。

社伝によると、治承四年(1180)石橋山の合戦で敗れた源頼朝は、
相模国真鶴から海路安房国へ渡り、安房国一の宮・安房神社に参籠して再起を祈願。
遂に天下を平定し、鎌倉に幕府を開いた。
その神恩に報いるため、後鳥羽天皇の建久二年(1191)六月二十六日、
現社地を選定し、安房神社から勧請したという古社。


洲崎神社は由緒正しい神社の様です。




今日は午前中から御美幸が何回となくありました。
122.JPG

124.JPG

126.JPG

128.JPG

130.JPG

132.JPG

134.JPG

6階から眺めていました。

威勢のいい掛け声が気持ち良いです。

鯔背な法被姿がいいね~。






午後、洲崎神社まで行ってみました。

宮前商店街(京急神奈川駅横)がごった返しています。
004.JPG

008.JPG

014.JPG

012.JPG





屋台が道の両側に溢れかえっています。

そんなに有名な神社?

そんなに有名な祭?

知りませんでした。

まずはお参り
010.JPG

016.JPG

社前案内板によると、洲崎大神は、建久二年(一一九一)、 源頼朝が安房国(現、千葉県)一宮 の安房神社の霊を移して祀った ことに始まると伝えられている。
『江戸名所図会』の様子は、今も 石鳥居や周囲の地形に偲ぶことができる。 神社前から海に向かって 延びる参道が、第一京阪に突き当たるあたり。 そこが、かっての船着場である。 横浜が開港されると、 この船着場は開港場と神奈川宿とを結ぶ渡船場となり、 付近には宮ノ下河岸渡船場と呼ばれる海陸の警護に当たる 陣屋も造られた。


018.JPG

020.JPG

024.JPG

026.JPG 028.JPG

032.JPG

妻の一番上の姉(故人)は、この神社で結婚式を挙げたそうです。

いっぱい願い事をしました。





懐かしい屋台です。
044.JPG 046.JPG

048.JPG 056.JPG

050.JPG 054.JPG

060.JPG

058.JPG

064.JPG

068.JPG

イマドキの屋台です。
052.JPG 062.JPG

066.JPG 072.JPG

074.JPG

042.JPG

ニコク側の入口です。





こんなに屋台の多い祭は久々です。

残念なのはイカ焼きお好み焼きタコ焼き等々が食べれなかった事です。

歳のせいか・・・・・ダメです。

でも、祭好きな私は楽しいひと時を過ごしました。













posted by ふ~さん at 22:05| Comment(2) | 横浜散歩 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宮前商店街のこの通りが旧東海道です。
洲崎大神、スサキオオカミと呼びます。かつて境内に檍(あわき)のご神木があり
まれにみる大木であったので、青木町の名はこのあわきから起こった。
神奈川湊の沖には幕府が儀式の時に使う鯛を確保するため、鯛の生け簀があった。
Posted by ヒロ at 2017年06月12日 20:49
ヒロ様
普段の宮前商店街は閑古鳥が鳴いています。
この日の人達はどこから来たのでしょう。
電車やバスに乗ってきたのでしょうか。
青木町、松本町、反町と各町毎に神輿を出していました。
洲崎神社はこの広範囲で氏子を抱えているのでしょうか。
Posted by ふ~さん at 2017年06月13日 18:22
コメントを書く
コチラをクリックしてください