2019年11月27日

渡嘉敷島 旧日本軍特攻艇秘匿壕



 沖縄2日目

 根本家の石垣を後に渡嘉志久ビーチを目指します。

途中、あまりの絶景に足を止めました。イヤイヤ車を止めました。

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集落の前が渡嘉志久ビーチです。

海の色が・・・・・色が違う所はサンゴ礁

この海で泳げるとは・・・・・胸が躍ります。



渡嘉志久ビーチ、リゾートホテル近くの山裾に車が止まりました。

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       旧日本軍特攻艇秘匿壕  村指定戦争遺跡
 
この洞窟は沖縄戦における旧日本軍「海上特攻艇」の秘匿壕である。
この壕は黒色千枚岩の堅い岩石をくりぬいて構築されているが、壕の掘削には主に朝鮮人軍夫があたり、島の女子青年が協力をしたと伝えられている。
特攻艇は「マルレ」と呼ばれ、ベニア板製で船幅1.8米、艇長5.6米、重量1,200kgの半滑送型ボートで120kgの爆雷2個を登載し、米軍艦艇を特攻攻撃するための秘密兵器であった。
当時、渡嘉敷島には赤松嘉次大尉率いる「海上艇進戦隊第三戦隊」(特攻艇100隻、人員540人余)が配備されていた。 渡嘉敷村教育委員会





奥に進むと・・・・・

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え、え、!!!

ハブがいるの?

「むやみに入らないで下さい」って、立小便をする人がいるんだ。

いやですね~。



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入口の高さ2.30m、幅3.00mで奥行きが12.2mほどの洞窟だそうです。

これが旧日本軍特攻艇秘匿壕のようです。

信じられませんがべニア製の特攻艇ですョ。

戦争の異常性を物語っています。




渡嘉志久集落を抜けると渡嘉志久ビーチです。
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このビーチはウミガメに遭遇するチャンスがあるそうです。

楽しみです。







posted by ふ~さん at 08:06| Comment(4) | 沖縄 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
特攻艇ですか、人間魚雷回天は有名ですが、このような特攻兵器も聞いたことがあります。
調べてみました。第二次世界大戦時に大日本帝国陸軍が開発・実戦投入した小型肉薄攻撃艇。
秘匿呼称は連絡艇(れんらくてい)で、頭文字をとって符号とし、〇の中に「レ」か「れ」を書いた㋹、マルレ艇の通称で広く知られる。だそうです。
終戦までに合計6197隻も造られたそうです。この作戦での戦死者は2500人だそうです。
それで戦果としては、輸送船や小型艦艇4隻を撃沈破したことがアメリカ軍の史料で確認できるそうです。
Posted by ヒロ at 2019年11月27日 12:40
ヒロ様
さすがです。
調べてくれた数字を忘れてはいけません。
沖縄には戦争の爪痕がたくさんあります。
戦争を風化させてはいけません。
Posted by ふ~さん at 2019年11月27日 20:21
沖縄は、海の綺麗さと悲しい過去と。
慶應義塾大学日吉キャンパスの地下に旧日本海軍が使用していた大きな防空壕があるので一般開放される時があったら行ってみたいねと、ちょうど今日、話していたんです。
幼い顔をした未来ある子達が、当時、お国のためといって命を散らしていったのかと思うと、なんとも言えない気持ちになりますね。
Posted by かおり at 2019年12月02日 21:18
かおり様
4年前にひめゆりの塔に外人さんと行きました。 タクシーで行ったのですが、運転手さんが「米国人ですか?」って聞いてきました。 米国人とそれ以外の外人さんでは説明を変えるのだそうです。 戦後70年経っても沖縄人にとって米国人は特別なんですね。 何か可哀そうになりました。 米軍基地移転問題、軽々しく我々が口をはさめません。
Posted by ふ~さん at 2019年12月03日 21:59
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