2019年12月06日

首里城



 沖縄4日目 




10月31日の事でした。

朝6時に起床。

TVをつけたら画面は大火災です。



首里城火災「正殿」などが全焼  
首里城火災.jpg

「那覇市にある「世界遺産」の首里城跡に復元された首里城で起きた大規模な火災では、「正殿」など主要な建物が全焼し、琉球王国時代から伝わる貴重な収蔵品の多くが焼けたものとみられています。警察などは、あす(1日)午前から現場で検証を行うなどして詳しい出火原因を調べることにしています。」

アナウンサーは声が上ずっています。



結局11時間にわたって続いた大規模な火災では城の主要な建物の「正殿」や「北殿」それに「南殿」などが全焼しました。

昨年訪れているだけにショックでした。








その首里城がどうなっているのか気になっていました。

火災から半月経った今がどうなっているのか行ってみることにしました。

ゆいレールに乗り首里駅で下車。



町が静かです。

変わらず道端の花は綺麗に咲いています。

ブーゲンビリア
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ランと白いブーゲンビリア
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ハイビスカス
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オオバナアリアケカズラ
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写真を撮っていたら、お爺~が近寄ってきて説明してくれました。

この木は接ぎ木してあるそうです。



どの花も心なしか淋し気です。



城郭を廻るにはここから入ります。
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現場検証中とは生々しいです。



久慶門
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カラーコーンが目に鮮やかです。

このを連想させます。



歓会門
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燃えた北殿の屋根でしょうか。



守礼門
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観光客の姿が・・・・・見えません。



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首里城に向かう人が・・・・・いません。




龍潭及びその周辺です。
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15世紀はじめの尚巴志(しょうはし)王代(1422~39年)につくられた公園。龍頭形に彫られた大池は、周辺約416m、面積8400平方メートルになる。池の周りには、もと東側に松崎馬場があり、馬場に面して国学(こくがく)と孔子廟(こうしびょう)があった。池の東南端にある龍淵橋をはさんで円鑑池(えんかんち)とハンタン山があり、さらに首里城がそびえている。池の南側の森の頂には、園比屋武御嶽(そのひやんウタキ)がある。(那覇市観光資源データベースHP参照)

何気なく首里城方向に眼を向けたら・・・・・。

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焼けた屋根が見えました。




1429年から1879年の450年間、琉球王国の城としてあり続けた首里城は、それだけの風格と威厳があります。
日本と中国の文化が融合し独特の建築様式になっています。
鮮やかな朱色に彩られた建物や装飾は悠久の時を超えて琉球文化の息吹を感じさせてくれます。
建築物は復元されて綺麗ですが、古の趣が残っているかといえば、ありません。

昨年訪れた時の感想です。

・・・・・

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・・・・・

淋しいです。




絵空事の様ですが、けっして絵空事ではありません。

現実です。







posted by ふ~さん at 09:00| Comment(2) | 沖縄 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
首里城、勿体ないことをしましたね。
その原因が漏電かもということのようですね。
そうだとしたら、今時ちょっとお粗末なのでは。
首里城を調べていたらこんな記事を見つけました。
管理は建屋は国の所有であり、2019年2月1日以降、管理および運営が国から沖縄県に移管された。
日本軍南部撤退の際には、歩行不能の重傷兵約5000名が首里城の地下陣地で自決した。
こんな記事も
宝物庫は奇跡的に戦災を免れたが、中の財宝は全て米軍に略奪された。
Posted by ヒロ at 2019年12月06日 21:16
ヒロ様
戦後70年以上経っているのに沖縄のあちこちで戦争の影に出会います。
今の平穏な生活に感謝です。
大火災から1ヶ月が経ちました。
首里城の報道がありません。
復旧工事は進んでいるのでしょうか。
Posted by ふ~さん at 2019年12月07日 15:46
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