2020年01月05日

弘明寺(横浜市南区弘明寺町267番地)で初詣



 初詣は何処に行くか迷っています。

鎌倉八幡宮は遠いし、近くの宝玉稲荷大明神では物足りないし・・・・・。

伊勢山皇大神宮は混んでいそうだし・・・・・。




って事で弘明寺(ぐみょうじ)になりました。

何で弘明寺

地下鉄一本で便利だからです。

もちろん老人特別乗車証を使いました。

地下鉄ブルーラインの弘明寺駅を出て、弘明寺商店街を抜けて弘明寺を目指します。

途中の観音橋てんつくてんてんと太鼓の音。

まわしです。

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正月気分がよみがえりました。



弘明寺とは・・・・・。

今から1300年近く前、元正天皇の養老5年(721年)にインドの善無畏(ぜんむい)三蔵法師が渡来、それから17年を経て聖武天皇の天平9年(737年)、天下に悪病流行の際、河内和泉の国の僧行基が勅命を奉じて、天下泰平祈願のため全国を巡錫(じゅんしゃく)し、当山の浄域に草庵を作り、一刀三礼(一刀刻む毎に三度礼拝する)の至誠を尽くして彫刻祈願されたのが、現在の御本尊十一面観世音菩薩様です。
嵯峨天皇の弘仁5年(814年)には、弘法大師が回国の際、一千座の護摩を焚いて庶民の除災招福を祈願したと言われています。
そして寛徳元年(1044年)3月10日、光慧上人により瓦葺き本堂が建立されました。御本尊様の彫刻予想年代とこの本堂建立の年代がほぼ一致することから、この頃が実際の開山と思われています。
鎌倉時代には、「求明寺」と称されていたものを、観音経偈文(かんのんぎょうげもん)の中の「弘誓深如海(ぐぜいじんにょかい)」の「弘」の字をとり、「求」を改めて現在の弘明寺となりました。(弘明寺HP参照)



仁王門に到着。
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仁王門は、江戸時代に再建されたもので平成14年(2002年)に改修工事が行われた。「瑞應山」の扁額は享保7年(1722年)に没し、徳川幕府に仕えた書家佐々木玄竜の書。(弘明寺HP参照)

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こんなに混雑しているとは思いませんでした。




身代地蔵菩薩 (みがわりじぞうぼさつ)
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平成13年(2001年)6月、京浜急行電鉄会社設立100周年を記念して、全ての人々の病気平癒、身体健全を祈願するため奉納された。身体の悪いところと同じ場所をタオルやハンカチでさすり祈願することで、自身や家族の身体を癒してくれる。(弘明寺HP参照)


賽銭を上げて、身代地蔵菩薩の頭から足の先までなでなでしました。

ちょっとやり過ぎでしょうか。



本堂
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寛徳元年(1044年)3月10日、光慧上人により本堂が建立され、開山された。現在の本堂は、明和3年(1766年)に智光上人により再建されたもの。光慧上人が建立した時の古材である、チョーナ彫の床板などが使用されている。
昭和51年(1976年)に茅葺より銅板葺に改修された。間口6畳半、奥行き6間一尺。(弘明寺HP参照)

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本尊十一面観世音菩薩立像 (ほんぞうじゅういちめんかんぜおんぼさつりつぞう)
大正4年(1915年)8月10日 国宝指定
昭和25年(1950年)8月29日 国指定重要文化財
平安時代中期の作。像高181.7cm、ハルニレの木の一木(いちぼく)造り。 関東に遺る鉈(なた)彫りの典型的な作例として有名である。
※鉈彫りとは、丸ノミの彫り痕(あと)を像表面に残した特殊な彫り口の作品のこと。(弘明寺HP参照)

弘明寺観音は見られませんでした。

賽銭をあげ、みんなの健康をお願いしました。

本堂の中では護摩焚きが行われていました。

荘厳な雰囲気でした。




お参りの後は、いつも気持ちが落ち着きます。







我家の正月です。
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やや地味です。



今年の正月は穏やかな正月でした。



振り向けば 君がいる
前向けば 友がいる
走って 転んで 寝そべって
あたらしい明日が待っている

悩んでは 忘れて
忘れては 悩んで
あした あさって しあさって
あたらしい未来がやってくる



良い年になりそうです。





posted by ふ~さん at 18:50| Comment(2) | 横浜散歩 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
弘明寺ですか、
私の中学が南中学校ですので、弘明寺商店街は毎日通り抜けました。
数えましたら、56年も前なんですねー。
春になりますと、大岡川の桜並木を見に行きます。
その時、弘明寺商店街を通りますが、56年前とあまり変わっていませんね。
その当時も賑わっていましたし、今もシャッターを下ろしたお店は見かけません。
今はどこの商店街もシャッター街と化したように言われておりますが、
横浜橋商店街と同じく賑わいをみせております。
昔と同じ光景を見られてホットします。
Posted by ヒロ at 2020年01月06日 11:42
ヒロ様
可愛い頃は弘明寺が庭でしたか。
詳しいわけですね。
弘明寺商店街は賑わっていました。
ビックリしました。
おもわず豆腐屋で買い物をしました。
桜の時季にはお花見しましょう。
Posted by ふ~さん at 2020年01月06日 17:35
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